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卒業60周年記念
第44回イレブンス会
令和元年9月19日(木)、ホテルモンターニュ松本
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 卒業60周年記念第44回イレブンス会が、令和元年9月19日(木)、ホテルモンターニュ松本において開催。宮坂薫嗣氏の司会で開始。本年度の物故者4名に黙とうを捧げた。現在まで82名の同期生が西の国に旅ただれている。恒例の校歌斉唱。本年度の幹事長曽根原仁氏から60周年ですが、特別なことはせずに懇談を中心に進めたい。この年になると入院、病院通い等いろいろありますが、人生100年、後10年元気に過ごし、短くなった人生をお互いに食し、飲んで楽しい会にしたいと挨拶。イレブンス会長の常盤欣司氏が突然体調不良になり、退席。会長代理の大輪貴念夫氏が60周年を精一杯、元気にこの会を楽しみましょう。会長から依頼された3点を紹介。 1. 2023年9月縣陵100周年、盛大に行いたい、そのための寄付をお願いします。我々は年金生活者ですので1度に高額な寄付はできませんので毎年分割で、できる範囲で協力を。2. 同窓会費の入金(現在69名が入金)、3. 会員名簿が令御協力を宜しくお願いします。
 続いて、同窓会の副会長であった丸山礼子先輩が来賓として、80歳になると心と体が変わってきます。嫌なことを避け、笑って過ごしてください。と挨拶、元音楽部ОGとして「学生時代」を熱唱して会を盛り上げてくれる。
続いて、三村洋氏が春の叙勲で教育功労として瑞宝双光賞を受賞、5月28日に皇居で令和元年最初の叙勲で空気が変わった厳粛な雰囲気の中、新天皇からお言葉を頂いた。約1500人、38年間の教員生活、この叙勲も生徒、保護者皆さんの御かげであると挨拶。その後はテーブルごとに懇親懇談と記念撮影をすすめる。
何時ものように和やかにまた、和気藹々と近況や昨今の世情、また過ぎ去りし青春に思いをはせた話で、話題に事欠くことなく時間はあっという間に過ぎた。
次回の幹事を選出し、来年は傘寿を迎える総会の開催を決めてお開きとなった。
資料とて、欠席者の声と物故者名簿、33年当時の生徒会役員名簿等が配布された。(巣山記)

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卒業60周年を迎えて
2019三四縣陵会総会 2019年11月11日(月):新宿

恒例の三四縣陵会総会をカラオケパセラ新宿靖国通り店で11月11日(月)に開催。何時も二次会でカラオケに繰り出すのを1か所で済まそうと上記会場を設定。12時30分から5時間を同じ場所で、中身の濃い懇親交流を図ることが出来た。
今回は松本からの竹村氏を含め15名の参加。不参加者は、体調不良、妻の介護、検査入院、癌等の手術、その後の治療と年相応の理由が紹介された。
こうして、元気に集まれる今を大切にして、その時々を楽しもうと思いました。
懇親会は各自からの近況と今後についてそれぞれが話、中身は終活に向けた考えや思っていることが話された。一番多かったのは、兄弟、肉親、親戚の葬儀等への対応、特に不祝儀の額についての取り決め、とか遠隔地にいるので今後兄弟の不幸に際しての通知不要、出席不要等について兄弟で取り決めるとか、遺影の準備をしたいので、植原氏に撮影を依頼する等。
60年前を考えると昭和34年9月26日に伊勢湾台風、今年はそれと同じような台風15,19号で大変な被害を経験、また上皇、上皇后の結婚、そして今年は新天皇の即位と10月にはパレードを見る。等何か因縁を感じます。
又、台風19号の折に緊急避難をされた二人から避難時には、水、おにぎり等多少の食料、常用の薬、厚手のタオル等は必ず持って行った方がよい。特に水と食料は避難場所で配布されるまでに大変な時間がかかるとのことが紹介され、今後の災害に対する備えよ常にとして参考になった。我々の青春は、新宿が中心であったと今の違いを比較しながら当時を懐かしんだ。
 我々は、住みよい信州をふるさとに持つ喜びと誇りを胸に、年を重ねても同期が元気に集まれる事が、今、一番大事であるとの発言があり、オリンピック迄の幹事と言うことであったが、縣陵100周年まで継続する事が全一致で決めた。
 また、100周年の計画状況を説明、いずれにしても多額な費用が予想されるので寄付への協力を依頼、何人から高額寄付の申し出もあり、母校愛の深さ、強さを感じた。カラオケは、それぞれが十八番の曲一人2から3曲を熱唱し心行くまで楽しみ、令和最後の総会を3本締めで絞めて、新年会での再会を約してお開きとなった。(巣山記)
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今を楽しんで(三四縣陵会)
三四縣陵会新年会:1月29日(火) サントリーラウンジ「響」(新宿野村ビル)

穏やかに明けた2019年、その後気温の乱高下が続き又、太平洋側はカラカラの晴天、一方日本海側は大雪、雨と日本列島が2分されている中、全国的にインフルエンザが猛威を振るっており、後期高齢者の我々にとっては体調コントロールが至難な状況です。
 そんな中、平成最後、恒例の三四縣陵会新年会を1月29日(火)、12時半から新宿野村ビル、サントリーラウンジの「響」きにおいて、49階の高層ビルにそそぐ新春の陽光の中、西口ビル街を眺めながら楽しく開催した。
 当日は、久しぶりの晴天に恵まれ、1時間前から三々五々集まりました。生憎代表幹事の奥原氏をはじめ3名がインフルエンザ等でキャンセルになりましたが松本からの4人を含め23名が集いました。
 開催にあたり、松本からの4人の参加者に感謝を申し上げ、連絡と協力事項として、母校への寄付と学びの会支援に関するふるさと納税(昨年は36万円、本年度は1月23日現在200万円、使途は生徒用インターネット4教室の整備、残り12教室)、少子化に伴う県内の学校統廃合、創立100周年に向けての寄付の積み立て、更に同窓会費の納入のお願い等について説明。
 その後、当会発足人の務台氏から来賓としての挨拶、続いてイレブンス会幹事長の大輪氏が三四会は垢抜けしており大変素晴らしい会に参加できて嬉しいとの挨拶を頂きました。
 その後は、一人2分のスピーチをお願いした。それぞれが歩んだ思い出や現在の活動状況と多岐にわたる話で盛り上がり、適宜質疑もある中和気藹々の楽しいひと時を送った。誰かれなく、病気の話が多く、昨年すい臓がんの手術をした小穴勝氏は、漢字一文字で表すと昨年の世評は「災」自分は「病」でした、今年は「健」として全てに健康を求めると熱く語る。癌、白血病、心臓、糖尿、透析等色々な病気を経験しており、まだ治療中の者も、それぞれの体験談にみんな真剣に耳を傾けている様子が感じられた。
 とはいえ、今日こうして元気に参加できていることにみんな感謝しているという声が多かった。
 これからも、一日一日を大切にその日を思い切り楽しんで送り、こうした会で皆に会うことを約して散会した。(巣山記、写真植(巣山記、写真・植原)
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益々元気に
2018. 11.11
三四縣陵会恒例の総会懇親会が、去る11月11日(日)12時半から新宿のクルーズクルーズにおいて20名のメンバーが元気に参加。
松本から常盤イレブンス会会長も参加して、100周年の計画進捗、現在の学校の状況等変化が進んでいる現状が報告され、是非関心を持って頂きたい。
更に100周年への寄付の協力と母校支援の学びの会へのふるさと納税の協力が呼びかけられた。
 また、久しぶりに参加した糸魚川氏から、高齢で亡くなる多くが誤嚥性肺炎等が原因であり、是非定例的に歯医者に行って口内の清掃をしてほしい、口内には黴菌がうようよしているとの話があり、皆さんも納得したようである。
  80歳を目前にして、多かれ少なかれ体調を始め色々な事情がある不参加者の返信が回覧された。
 元気に集まった会では、病気の話、孫の話等は禁句として、明るく楽しい懇談に努めることにした。いつものように瀬黒氏からシルバー川柳が紹介され、その後は、小グループごとに近況や今後について熱く語り合った。
二次会はいつもの通りカラオケで盛り上がり、次回31年1月29日を予定する新年会での再会を約して散会した。(巣山記、写真・植原)
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傘寿を目指し再出発

三四縣陵会 新年会 2018年1月27日:麹町「仁」

我々東京近郊在住のイレブンス会のメンバーが三四縣陵会として再スタートして7年、昨年喜寿の祝賀懇親会を石和温泉でおこなった。その折に決めた今後の活動計画として、集会は年3回、(新年会、同窓会総会、三四縣陵会総会) とし、当面東京オリンピック迄現在の幹事が継続することに決めた。その最初の新年会が去る1月27日、後輩(38回卒岸野裕司さん)が経営する麹町の味彩酒房「仁」において開催した。
今回は、初参加の大久保君、病気回復から久しぶりの参加になった林君、瑞宝双光章を受章した高島君、松本から竹村、小穴君を迎え総勢22名のメンバーが集いました。
新鮮な魚介類と生ガキ、それに鍋を囲み、全国の地酒と後輩の心づくしの料理とおもてなしを思い切り堪能、話は尽きることなく傘寿を目指し、健康に留意しながら元気に傘寿で会い、できれば縣陵100周年を元気で迎えようと校歌を斉唱して散会。あとは恒例のカラオケタイムに全員が市ヶ谷に出向いて、二次会を楽しんだ。 (巣山記)
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叙勲の高島氏
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林氏
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戦後復興に活躍し、喜寿を迎え 期した77年を振り返る
三四縣陵会(11回卒)総会懇親会 2017年11月10〜11日 甲州石和温泉名湯老舗旅館 糸柳

思えば私たちは、太平洋戦争の始まる昭和15年から16年初めに生を受け、戦中の厳しい時に幼少期を過ごし、終戦後は米国から押し付けられた民主主義の流れの中、学制改革による国民学校から尋常高等小学校へ入学、教育内容も大幅に変わる中で学び、戦後復興する中貧しい中にも先に希望を抱きながら学び、その間、国も大きく変わり、米国に追いつき追い越せの中、第2の経済大国となり、国民皆、総中流と言われ、東京オリンピック、大阪万国博覧会、長野冬季オリンピック等を経験してきました。
卒業以来、それぞれ異なる進路に進み、様々な社会体験をし、時空を過ごしながら活躍されてきました。
卒業して58年、今年、77歳の喜寿を迎えることになりました。同期会も還暦を機にリニュアルして7回目を迎えます。
昭和34年3月に卒業した同期生は、350名です。既に西国に旅立った同期生は現在判明しているもので75名です。
平成に入って、失われた20年の中、今また世界を始め日本もやや右傾化の進展が始まり、更には北朝鮮の核開発の脅威が世界中を震撼させており、今なにが起こっても不思議ではない時代に遭遇しています。
こんな時だからこそ、18歳の青春に戻って残された人生を謳歌するための集いを開くのも価値あることと思っています。
以下に喜寿の会の一端を紹介させて頂きます。

前日までの雨模様から一転快晴の秋空の下、甲州石和温泉名湯老舗旅館 糸柳に出向き、恒例の三四縣陵会総会懇親会を松本のメンバーにも声を掛け喜寿記念として11月10日(一泊二日) の日程で開催。
前半は、韮崎のグリーンバレーCC鈴蘭コースにおいて3組12名で青空高く澄み切った秋空の下、山岳コースでアップダウンの厳しい中、和気藹々とラウンドを楽しんだ。終了後コンペルームで表彰式をおこない、それぞれのラウンドの話題で盛り上がった。優勝は竹内護、準優勝は浅川雅史、ベスグロは奥原弘夫の各氏に賞金等を授与した.
総会懇親会には、22名が参加。奥原代表幹事から還暦を機会に三四縣陵会を再出発することにし喜寿まで現在の幹事で会を継続することにしましたが、
2020年東京オリンピックが決まりましたのでそれまで継続することにしたい。
丁度2020年が再開から11回目の会になり、区切りとして一番いいのではと提案。全員で了承しました。続いて常盤イレブンス会会長から6年後に迫っている縣陵100周年に向けての協力要請があった。松本から参加の宮坂薫嗣氏に来賓としての挨拶を。また瑞宝双光章の叙勲を受けた平野春雄氏から報告挨拶を頂いた。
100周年に向けての協力として、三四縣陵会が現在までの会で繰り越してきた基金の一部を寄付することを提案,了承頂きましたので常盤会長に奥原氏より贈呈する。三四縣陵会は年3回(新年会、観桜会、総会)、その間、東京同窓会総会,松本のイレブンス会への参加と他の学年より集まる機会が多すぎるので、少し軽減するために観桜会を取りやめたいと提案。皆さんも納得で了承された。
懇親会は4つのテーブルに分かれ飲み放題も加わって酒量も進み、会話も席を移動しながら止まることなく盛り上がり、予定したカラオケは二次会に回ってしまうほどであった。翌日は、武田神社、善光寺、恵林寺等を観光して高校時代の遠足を思い出すひと時でした。同窓はもちろん同期とは、すぐに18歳の青春時代に戻り懐かしい事や期してきた77年の話が尽きることはありません。そんな余韻を残しながら、甲州路を後にし、来年新年会での再会を約して解散しました。 (巣山記)
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喜寿を祝して第42回のイレブンス会(高11回)開催
2017年9月10日(日) ホテルモンタニュー松本 参加52名
恒例のイレブンス会も卒業から58年目を迎え、今回で42回、めでたく喜寿を迎える記念の会を開催。
卒業342名、すでに74名のものが恩師を含めて西の国に旅立った。今回は160名に案内、返信132、出席52名となった。約110余名が住所等案内不要のものである。
会は物故者への黙祷に始まり、常盤会長より、同窓会の現況と変化している母校について、お願いと情報の提供があった。一つは母校100周年への寄付、二つ目は同窓会費納入のお願い,三つ目は、母校の英語科が改編されて30年4月から自然探究と国際探究の二つの科を持つ探究科がスタートすることが報告された。
来賓として学生時代我々の憧れのマドンナであった2年先輩で現在同窓会副会長の丸山礼子さんからご祝辞を頂いた。
続いて、日本一の長寿村で生活する同期のポンコツ亭こと牛越君が素人落語を始めて11年、年間50回の寄席をおこなっている。松川村での長寿(男性82.2歳)の秘訣を軽快な語り口で披露した。
その極意とは、毎朝早起きをすること、1.染まらない、マイペース 2.合わせない 3.思い出さない 4.明日を考えない 5.今を精一杯生きる。そしてすべてにノーと言わない、断らない、食事は菜食主義を通す。と語り、みんなが納得したり、俺には無理という声も聞かれたが一理ある話であった。
 テーブルを移動しながら近況や思い出に花を咲かせ賑やかな懇談が続いた。皆で当時流行った、ペギー葉山さんが歌った学生時代を熱唱して楽しんだ。
続いて、東京の三四縣陵会の喜寿の会が11月韮崎でゴルフ、石和温泉で総会懇親会を予定していることをアナウンスし、松本のメンバーへ参加を呼び掛けた。合わせて次年度の幹事を選出し、引き継ぎ式を行い来年も元気に再開することを念じてお開きとなった。(巣山記)
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ポンコツ亭こと牛越君の落語
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丸山礼子同窓会副会長の挨拶